前回は初めてという事で中味も濃かったと思いますが、その分不連続ながら余りにも間が空きすぎました。今回は「筆」の話から少し離れて外国の画材屋について触れてみます。
先ず下の写真をご覧下さい。
ドイツの某大型画材チェーン店のKoln(ケルン)支店内の画筆コーナーです。
因みにこの店の床面積は4,500平米(約1,400坪)で広すぎて全部写っておりません。(このチェーン店は25店舗あり、全面積は何と東京ドームの約2ヶ分です。)
左手前に喫煙場所がありコーヒーも無料で好きなだけ飲めます。店の裏手にはこの店のお客様のためにレストランを建築中でした。カタログはすべてカラーで電話帳より厚く(6?)、1700頁もありますが、レジ前に山積みにされ無料でした。
私が敢えてこの話題を取り上げたのは、海外の画材店の規模の大きさも然る事乍ら、従業員の知識の豊富さと対応の良さをお伝えしたかったからです。
ところでみなさんは、行きつけの画材店で何を聞いても解らなかった事はありませんか?私は仕事柄何度か海外の画材屋に行っておりますが、画材の知識の豊富さが故の親切な対応で、多くを学んできました。規模が大きいから在庫もすごい、知識もある。さらにお客様への接し方も良い。日本と比べて非の打ちどころが無いのです。
日本の画材業界でも絵画人口の底辺拡大を永年のスローガンにしてきましたが、画材屋自体の数が減ってきています。
絵画人口というのは、その国の経済力、人口、国土、生活水準、就学率等にほぼ正比例するものと、今まで勝手に思い込んでいたのは私だけでしょうか?
ところが何か違うなと納得ゆきませんでした。
日本はかつて経済大国と言われ人口も多いのに、海外の画材屋と日本の画材屋とでは何故こうも違うのかと永い間考えてきましたが、ようやく結論かなと思われる点に気が付きました。
上述の要素ではなく、一言で言うなら、「歴史」かも知れません。
勿論他の要素もあるでしょう。例えば美術教育の在り方も然り。
資源の少ない日本が戦後の凄まじい経済発展を成し遂げられたのは物造りの原点に位置する「図画・工作」があったからではないかと主張される方も多くおられ、私も賛同しております。しかし残念ながら大学受験重視の余り、「子供は図工の時間が一番好き」なのに、親や社会に充分に理解されずに現在に至っております。
私事で恐縮ですが、私は小中学校は一貫して劣等生でしたが、絵だけは上手くはないが好きでした。中学からの英語(JACK & BETTYの頃)に劣等生なりに敢えて挑戦し、現在は独学の英語でラファエル(仏)の画筆や、シュミンケ(独)の絵具類の輸入卸をしており、この「二科目」のお陰で、最早この画材屋という仕事が天職だと思っております。私がこの天職にたどり着いたのは、今でも覚えておりますが、55年程前、美術の吉田先生の「君は絵が好きみたいだね」というほめ言葉に奮起したのがきっかけかも知れません。でも、先生が絵と英語が好きだったら将来、画材の輸入卸業という仕事があるよと教えてくれていればこんなに苦労はしなかったかもしれませんが…。
歴史は金では買えないので、今更如何ともしがたいのですが、絵を描く事が好きな方々には技法だけでなく画材の探究を大いに心掛けて画材屋を困らせて下さい。私が脱サラをして見習いをしていた40年位前までは、どの画材屋も店の人か常連でないと、何が何処にあるのか初めてのお客さんには判らない位に雑然としていて、そんな中で出してもらったお茶で安らぎを感じたものです。
それに画材屋の親父というのはお客様のどんな質問にも答えられる知識があり、困った時は画学生やアマチュアの溜まり場になって、情報交換をしたり、中には男女の交際が始ったりもしていました。
確か昭和42年頃かと思いますが、生活用品を安く売るスーパーマーケットが初めて出現した頃で、今ではどこにでもあるコンビニはかなり後になります。私が見習いをしていた店が電卓をローンで買ったのを覚えています。 画材もその当時は割引は一切なく、その代り貸売(付け)に甘える常連も多くおりました。現に私が担当していた美大を卒業して間もない若者が、支払はいつも遅れているのに注文ばかりくるので、次の注文は今までの分を精算してからにとお願いしたら、今はお金がないので自分の絵で精算して欲しいと言うのです。名もない若者の絵で精算しても仕方ないと思ったのですが、仕方なくその絵を受け取りました。私にも生活というものがあります。彼への画材の納品はそこで止めました。ところがその若者の名前は申し上げられませんが、今ではかなり著名な画家になったのです。その絵はまだ売らずに手元にありますが、こんなことならあの時もっと画材と絵を沢山交換しておけばよかったと後悔しております。読みの浅い私でした。
画材の商品知識は売り手にとって武器でも財産でもあり、買い手にはお金以上の魅力なのです。値引きだけのサービスだけでなく、画材屋は画材知識の情報源であるべき点を皆様からも要求し、自らも画材通になりヨーロッパのレベルに近づけてゆきましょう。
平成20年6月19日
画材倉庫にて
画材屋の独り言
※水彩堂では下記の方に『画材屋の独り言』を寄稿していただきました。
小林 善安
株式会社 丸善美術商事 代表取締役
フランス ラファエル社・ドイツ シュミンケ社日本輸入総代理店